山口地方裁判所 平成2年(ワ)32号 判決 1992年3月19日
原告 水野春子
右法定代理人親権者父 水野健三
同母 水野久惠
右訴訟代理人弁護士 永田信明
被告 防府山電タクシー株式会社
右代表者代表取締役 波多野芳春
被告 兼坂義勝
右両名訴訟代理人弁護士 新谷昭治
同 前川秀雅
主文
一 被告らは、原告に対し、各自五二九〇万六一九九円及びこれに対する昭和六一年一一月一五日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
二 原告のその余の請求をいずれも棄却する。
三 訴訟費用はこれを五分し、その二を被告らの負担とし、その余を原告の負担とする。
四 この判決は第一項につき、認容金額の五分の三の限度において仮に執行することができる。
事実及び理由
第一請求
被告らは、原告に対し、各自一億五三〇七万九六八六円及びこれに対する昭和六一年一一月一五日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
第二事案の概要
本件は、被告兼坂義勝(以下「被告兼坂」という。)運転にかかる普通乗用自動車(以下「加害車」という。)が原告に衝突したことによって原告が受傷した事故につき、原告が加害車の運行供用者である被告兼坂及び被告防府山電タクシー株式会社(以下「被告会社」という。)に対し、自賠法三条に基づき損害賠償請求をしたものである。
一 被告兼坂は、被告会社に雇用される運転手であるが、昭和六一年一一月一五日午後五時六分ころ、被告会社が所有する加害車に乗客を乗せて自己のために運転し、防府市大字伊佐江九二四番地一横川寅吉方(以下「横川方」という。)先の市道(以下、右道路を「本件道路」という。)を華城方面から田島方面へ向けて進行中、左前方の横川方前に駐車中の軽四輪貨物自動車(以下「水野車」という。)付近から出て来た原告に衝突し(以下「本件事故」といい、右事故現場を「本件事故現場」という。)、原告は、本件事故により、脳挫傷、脳幹挫傷、外傷性クモ膜下出血及び頸髄損傷の傷害を負った(本件事故の日時、場所については争いがなく、その余の事実については、<書証番号略>、被告兼坂)。
二 争点
被告らは、<1>本件事故は、制限速度を守って走行していた加害車の直前に原告が突然物陰から路上に飛び出してきたため発生したものであり、被告兼坂にとって回避不可能な事故であるから、被告兼坂には過失がない(争点一)旨主張するとともに、<2>損害額について争い(争点二)、とりわけ、(1) 原告の平均余命につき、原告は重度の植物症患者の病態にあるから、健康な通常人の平均余命と同列に論じることはできず、原告の余命年数を今後五年程度として損害を算定すべきである、(2) 生活費の控除につき、原告は将来にわたり入院生活を継続することが予測されるところ、余命期間とされた部分について認められる将来の入院雑費、介護料等に照らして生活費の支出を要しなくなるものと考えられるから、生活費の控除を五〇パーセントとすべきである、(3) 保育料につき、原告に職業付添人が付けられた期間は原告の母が子供の面倒をみることができるので認められないし、また、一般に子供は四歳になると幼稚園又は保育園へ入るので、長男直樹、二女めぐみが四歳になった以降の保育料は本件事故と相当因果関係がない旨主張し、<3>仮に、被告らに損害賠償責任があるとしても、本件事故発生には原告あるいは原告側に相当の過失があるから、過失相殺すべきである(争点三)旨主張する。
第三争点に対する判断
一 争点一(被告兼坂の過失の有無)について
1 証拠(<書証番号略>、証人水野博、被告兼坂)によると、次の事実が認められる。
(一) 本件事故現場付近の本件道路は、華城方面から本件事故現場の手前まで幅員四メートル、本件事故現場手前から田島方面へ向けて幅員五・五メートルのほぼ直線かつ勾配のない平坦でアスファルト舗装された道路であり、終日の駐車禁止及び毎時三〇キロメートルの速度規制がなされている。
本件事故時は、日没の直前あるいは直後ころで明るく、また、道路上の見通しを妨げるような設置物又は障害物はなく、道路面は乾燥していた。
(二) 中国電力に勤務するかたわら水野綿業の手伝いをしていた原告の伯父水野博(以下「水野」という。)は、右綿業の仕事の際、自分の子供及び原告を自己が運転する自動車に乗せて一緒に連れて行くことがあった。水野は、本件事故当日も水野車の助手席に同人の長女裕子(当時小学校一年生)、後部座席に三男隆三(当時四歳、以下「隆三」という。)及び原告(当時三歳)を同乗させ、水野綿業の注文を伺いに横川方へ行き、横川方前本件道路上に水野車を進行方向を田島方面に向けて駐車し、三人の子供に対し車から出ないように注意を与え、水野のみが降車して横川方へ出向いた。
(三) 被告兼坂は、本件事故当日、加害車に乗客を乗車させて、防府駅から西の浦へ向かう際に本件道路を華城方面から田島方面へ時速三五キロメートル過ぎの速度で本件事故現場付近を進行中、衝突地点の五・六メートル手前において、先に水野車から降車して本件道路を横川方側(本件道路東側)から横断した隆三を追い掛けて水野車後部付近から本件道路へ出てきた原告を発見したが、加害車の前部左側のライト付近に原告を衝突させ、その後、急ブレーキを掛けて衝突地点から一六・五メートルの地点で停車した。なお、被告兼坂は、隆三が本件道路を横断したことにつき認識していなかった。
2 右1の認定事実によると、原告は、本件事故時において、隆三を追い掛けて本件道路へ出てきたものであるから、原告が本件道路へ出る直前に隆三が本件道路を横断したことが推認されるところ、本件道路は直線で見通しもよく、本件事故時においては、事故現場付近も明るかったのであるから、被告兼坂が前方を注視していたならば、隆三が本件道路を横断するのを認識できたはずであり、そうすると、隆三に引き続き幼児が本件道路に出てくることも当然予見できたといわざるを得ない。ところが、被告兼坂は、右隆三の横断を認識していなかったのであるから、前方注視義務を怠ったというほかない。また、隆三が本件道路を横断した後、原告が本件道路へ出てくるまでの時間を正確に認定することは困難であるものの、被告兼坂が本件事故現場を時速三五キロメートル過ぎの速度で進行していたのであるから、本件道路を横断する隆三を少なくとも一〇メートル先において認識していれば、本件事故を回避することができたということができるから(乾燥したアスファルト舗装道路の摩擦係数が〇・五五、時速三五キロメートルの場合、制動距離は八・六〇メートルと認められる[<書証番号略>]。)、前方注視義務を怠っていなければ、本件事故を回避できたと認めるのが相当である。
よって、本件事故は、加害車の運転者である被告兼坂が前方注視義務を怠った過失によって発生したものというべきである。
二 争点二(損害額)について
1 原告の推定余命年数と将来の付添費等の損害額の算定方法
原告は、原告が平均余命期間にわたり生存することを前提に、入院治療費、入院雑費、付添費の請求をするのに対し、被告は、前記のとおり原告の余命は平成二年あるいは三年から五年程度であり、これを前提に右損害額を算定すべきである旨主張するので、まず、右の点について考察する。
(一) 証拠(<書証番号略>、証人乾道夫、同萬木二郎)によると、原告は、昭和五七年一二月一七日生まれ(本件事故当時満三歳一〇か月余)の女児であるが、同六一年一一月一五日の本件事故直後に山口県立中央病院脳神経外科(以下「中央病院」という。)に救急搬入されたこと、原告は、右来院時において、無呼吸で心室細動があり、意識状態は開眼なし、発語なし、最良の運動機能なし(全く動かず)というグラスゴー昏睡病態3、四肢麻痺、ドールの眼球運動現象陰性であったこと、原告は、同年一二月一〇日、水頭症のため、脳室・腹腔側副路設置術及び気管切開術を受けたこと、原告は、同六二年一月一六日、それまでの集中治療室から一般病棟に転床したが、その際の臨床所見としては、意識レベル3、自発性眼球運動陽性、右第III 脳神経(動眼神経)及び第IV神経(外転神経)麻痺、四肢麻痺が認められたこと、そして、原告は、同六三年一二月二八日に症状固定し、脳挫傷、脳幹挫傷、外傷性クモ膜下出血、頸髄損傷と診断され、自発呼吸がなく、人工呼吸器の装着が必要で、四肢の自動運動はわずかに認められるものの(痛みの刺激を与えると、少し反応する。)、合目的な動きはなく、また、意志の疎通ができないため、全介助が必要な状態であったこと、原告は、自力で食物を摂取することはできず、チューブによる人工栄養によっていること、原告は、右のように植物状態の患者であり、終生介護の必要性があること、ただ、その後、現在においては、原告には右第III 脳神経及び第IV脳神経の麻痺はなく、また、追視したり、好きな音楽を聞いて笑うというように意識状態が若干改善されてきていること、原告は、本件事故時から現在に至るまで自発呼吸が全くないが、これは延髄にある呼吸中枢から出ている神経が頸髄を経由しているところ、本件事故により頸髄の損傷を受けた結果、右神経が損傷を受けたことによるもので、原告の右頸髄損傷の回復改善の見込みはほとんどないこと、このように、原告は、将来的にも人工呼吸器を常に装着することを必要としているが、人工呼吸器も現在においては改善され、原告が装着している人工呼吸器は最新式のもので、呼吸器が外れた場合、アラームが鳴る機能が付いており、また、原告には常時付添人がいるなど人工呼吸器が外れた場合の対策がなされていること、原告は、水頭症のため、現在も、脳室から腹腔へのチューブ(脳室・腹腔シャント)で髄液等を流出させており、将来的にも右チューブを抜去することはできないものの、右チューブが体内にあることによる影響は特にないこと、植物状態の患者においては、呼吸器系では肺炎、消化器系では胃潰瘍、一二指腸潰瘍、泌尿器系では腎盂炎、膀胱炎、全身的なものとしては敗血症、出血傾向(DIC)等の合併症を併発することが多く、右合併症が死亡原因となることが多いこと、しかしながら、大人と原告のような幼児を比較すると、幼児の方が合併症が併発し難く、併発したとしても治り易いこと、現在においては、抗生物質の開発等合併症に対する治療が開発されているとともに、中央病院においては、気管支感染あるいは尿路感染に対して、体温検査、尿検査を常時行って異常を早期に発見し、異常があればレントゲン検査、血液検査あるいは細菌検査を直ちに行うよう対処しており、また、褥創による感染の防止のため、圧迫が一部分に偏って圧迫壊死を起こさないように体位の転換、空気ベッドの利用等をしていること、中央病院は、日本脳神経外科学会が指定する専門医の訓練病院でスタッフのレベルは高く、麻酔科、耳鼻科及び小児科も同様に訓練病院に指定されていること、原告の病室には係の看護婦が配置され、終日、原告の状況を把握しており、原告の治療に対するスタッフの熱意もあること、また、中央病院において将来的にも原告の治療を引き受けることは可能であること、植物状態の患者の余命については、東北大学脳神経外科教授による第三一回日本脳神経外科学会総会での報告によると、昭和四七年度末における脳神経外科学会認定指定訓練病院一六〇施設に収容されている植物状態患者の調査では三年以内の死亡率が五一・六パーセントであること、厚生省の特別研究・植物状態患者研究班の東北地方における植物状態患者の実態調査(調査年度不明)によると、二年未満の死亡率は五四パーセント、五年未満の死亡率は八八パーセント報告されていること、自動車事故対策センターの調査によると、昭和五四年度の介護援助者四九六人のうち、同年度中に死亡した者は六七人で、そのうち、二年以内での死亡率は五〇・七パーセント、五年以内の死亡率が七六・一パーセントと報告されていること、一方、自動車事故対策センターの付属施設として設置された千葉療護センターは、交通事故被害者のうち重度後遺障害者を対象として治療と看護に当たっているが、同センターに入院するには、<1>自力移動が不可能であること、<2>自力摂取が不可能であること、<3>屎尿失禁状態にあること、<4>眼球はかろうじて物を追うこともあるが認識はできないこと、<5>声を出しても意味のある発語は全く不可能であること、<6>目を開け、手を握れというような簡単な命令にはかろうじて応ずることもあるが、それ以上の意思の疎通は不可能であることの要件を充足する患者であり、これに対し、同センターからの退院についての実際の運用は、患者が<1>自力で車椅子により移動できること、<2>危険を認識しこれを回避する行動がとれること、<3>自力摂取ができることの三条件を充足するまでに回復したときには受入れのリハビリテーション施設を探し、受入れ先が決まれば、退院させてリハビリテーション施設に引き継ぐこととしているところ、同センターでは、昭和五九年二月から患者の受入れをしているが、平成三年四月末日までにおいて、入院患者五四名のうち、退院一二名、死亡二名で、死亡するものは少なく、二割以上の患者が植物状態を脱し、リハビリテーション可能な状態なまでに回復している旨の報告があること、以上の事実が認められる。
(二) ところで、いわゆる植物状態にある患者が健康な通常人の平均余命まで生存することが困難であることは前記認定の統計調査の結果によっても窺うことができるところである。しかし、一方、人の余命は軽々に予測できるものではないことは証人乾道夫(<書証番号略>)も認めるところであり、患者の年令、症状、付添看護の体制、担当医師の熱意や力量、その他当該患者の置かれている治療条件、生活環境、さらには将来の医学の進歩等によってその余命が決定されることは否定できない。そうすると、植物状態にある患者の余命を統計上の平均余命を基礎として損害を算定するという方法には疑問があるといわざるを得ないから、特段の立証のない限り、簡易生命表に基づく平均余命を基礎としながら、重篤な状態にあることを考慮して将来の付添費等について控え目な算定を行うのが相当であると解する。
そこで、原告の余命が平成二年あるいは同三年から五年程度である旨の被告の主張を裏付ける乾道夫作成の意見書(<書証番号略>)及び証人乾の証言について検討する。乾は、原告を直接臨床診断した結果、原告の余命を判断しているのでなく、被告ら訴訟代理人から依頼され、カルテ等によって判断しているものである。そして、右判断の要素とするところは、原告は、意識障害の状態は若干の刺激に対して反応する病態にあるとはいえ、ほぼ<1>深昏睡に近いこと、<2>自発呼吸のない状態であることを重視し、植物症患者としても極めて重篤であるとし、右のような病態に、植物状態患者の死亡率に関する脳神経外科学会と厚生省調査研究班の調査結果とを勘案して、原告の余命を平成二年一〇月から五年前後とする結論に達しているのである。しかしながら、右(一)の認定事実によると、原告は、本件事故後自発呼吸がなく、回復の可能性もないという植物状態の患者の中でも特殊性を有しているものの、原告が装着している人工呼吸器は最新式のものであって、その事故に対する対処もなされていること、植物状態の患者が死亡する主な原因である合併症についても、原告のような幼児については合併症を併発し難く、また、治癒も容易であり、右合併症に対する治療方法も開発されており、中央病院においては、合併症併発の予防及び併発した場合の対処方法が確立されていること、さらに、原告が治療を受けている中央病院は、スタッフの熱意もあり、看護体制が整っていること、東北大学脳神経外科教授による第三一回日本脳神経外科学会総会での報告及び自動車事故対策センターの調査(昭和五四年度分)はいずれも一〇年ないし二〇年前の調査報告であり(また、厚生省の特別研究・植物状態患者研究班の東北地方における植物状態患者の実態調査は調査年度不明であるが、右と同程度以前の調査であると推認される。)、自動車事故対策センター付属千葉療護センターの報告と比較しても、それ以後の医療技術の向上等が反映されておらず、現在の植物状態の患者の余命期間を推定すべき根拠としての調査報告とまではいえないこと等の諸事情を総合勘案すると、原告の余命年数を平成二年一〇月から五年程度であるとする判断が合理的であるとは認め難く、よって、右証拠を根拠とする被告らの主張は採用できない。
そうすると、原告の付添費等の損害額を算定するに当たっては、原告の余命期間を症状固定日(昭和六三年一二月二八日)から昭和六三年簡易生命表に基づく平均余命である七五年と推認し、将来の入院治療費、入院雑費及び付添費にかかる損害賠償額を控え目に認めるのが相当である。
2 損害額
(一) 入院治療費 認容額一八八七万六五三七円 (請求額二〇三三万三六六九円)
(1) 昭和六一年一一月一五日から平成元年一一月末日までの分
右期間における入院治療費としての損害額は、同期間の入院治療費総額(なお、右総額には呼吸カテーテル代金及び紙オムツ代金等も含む。)から原告の父を被保険者とする健康保険組合東ソー株式会社の支払額を控除した額と認められるので、右損害額は六八七万〇九四五円となる(山口県立中央病院に対する調査嘱託の結果)。
(2) 平成元年一二月一日から同三年一一月末日までの分
右期間における入院治療費としての損害額は、右(1) と同様に入院治療費の総額から健康保険組合の支払額を控除した額となるが、証拠(<書証番号略>、弁論の全趣旨)によると、原告は平成元年一二月一日から防府市の重度心身障害者医療費の助成を受けていること、右助成の範囲は、社会保険各法の規定による医療に関する給付が行われた場合において、当該医療に関する給付の額が当該医療に要する費用の額に満たないときは、その満たない額に相当する額であること(防府市重度心身障害者医療費助成要綱三条)、右助成においては、本件のように交通事故等第三者の不法行為による場合、受給者が加害者から損害賠償を受けたときには、受給者が助成を受けた医療費相当額(加害者側の過失相当分)を返還することになること、原告の場合、右返還の対象となるのは、高額療養費の支給対象とならない額(健康保険法施行令七九条六項によると、平成三年四月末日までは月当たり三万三〇〇〇円、右同日以降は三万四八〇〇円)であることが認められる。右認定事実によると、右期間における治療費にかかる損害額は、高額療養費の支給対象とならない額であると認められるところ、右額は、平成元年一二月一日から同三年末日まで(一七か月)は五六万一〇〇〇円〔計算式・三万三〇〇〇円×一七=五六万一〇〇〇円〕であり、平成三年五月一日から同年一一月末日まで(七か月)は二四万三六〇〇円〔計算式・三万四八〇〇円×七=二四万三六〇〇円〕の合計八〇万四六〇〇円である。
(3) 平成三年一二月一日以降(将来)の分
前記二1の認定事実によると、原告は、その生命を維持するために平均余命の残期間である七三年間入院治療を要すると認められるところ、右(2) と同様に、平成三年一二月一日以降生存期間七三年間における入院治療費の損害額は、一か月当たり三万四八〇〇円、一年当たり四一万七六〇〇円であると認めることができる(なお、右金額は、入院治療費全額ではなく、右治療費のうち高額療養費の支給対象とならない金額であって、それ自体右治療費総額に比すると、著しく低額であると認められる〔山口中央病院に対する調査嘱託の結果、弁論の全趣旨〕ので、右金額をもって控え目に算定した将来の治療費の額と認めるのが相当である。)。そうすると、原告の将来の入院治療費の損害額は、一一二〇万〇九九二円(本件事故日の現在価額。円未満四捨五入、以下同じ)となる。
〔計算式・四一万七六〇〇円×(三一・一八六六-四・三六四三)=一一二〇万〇九九二円〕
(二) 入院雑費 認容額九六七万四一一二円 (請求額一六七七万七七七九円)
(1) 昭和六一年一一月一五日から平成三年一一月末日までの分
原告は本件事故によって傷害を受けその治療を受けるため、右期間合計一八四二日間中央病院に入院したことが認められる(<書証番号略>、弁論の全趣旨)。
入院雑費は、一日当たり一〇〇〇円が相当であるから、一八四二日間で一八四万二〇〇〇円となる。
(2) 平成三年一二月一日以降の分
平成三年一二月一日以降生存期間七三年間における原告の将来の入院雑費は、一日当たり控え目に八〇〇円と算定すると、合計七八三万二一一二円(本件事故日の現在価額)となる。
〔計算式・八〇〇円×三六五日×(三一・一八六六-四・三六四三)=七八三万二一一二円〕
(三) 付添費 認容額四八七五万二八八三円 (請求額一億〇一四〇万六四〇八円)
(1) 昭和六一年一一月一五日から平成三年八月末日までの分(原告が職業付添人につき付添費支払の証拠を提出する期間)
原告は、本件事故直後に中央病院へ入院後昭和六二年一月一六日まで集中治療室にいたため、付添看護は不要であったが、その後、一般病棟に転床してからは、原告の痰を取ったり、床擦れにより、皮膚が傷付かないように二時間ごとに体位を変えるなど常時付添看護が必要になったこと、右付添看護については、原告の父、母、伯父及び祖父が交替で当たり、また、毎週土曜日の午前九時から月曜日の午前九時までは職業付添人に付添看護を依頼したこと(法定代理人水野健三)、そして、右期間中、職業付添人が付添看護をしたのは五〇六日間で付添看護料として四八六万四三二五円が支払われたこと(<書証番号略>)が認められ、右期間中近親者が付添看護をしたのは一一八二日間であって、右近親者の付添費は一日当たり四〇〇〇円が相当であると解される。そうすると、右期間における付添費は九五九万二三二五円となる。
(2) 平成三年九月一日以降の分
前記二1の認定事実によると、原告は植物状態の患者であって、生存期間において常時付添看護を要することになり、また、右1の認定のとおり、近親者が常に付添看護することは困難であることが認められるが、原告の将来の付添費はこれを控え目に算定し、少なくとも一日当たり四〇〇〇円を要するものと認めるのが相当である。そうすると、将来の付添費は三九一六万〇五五八円(本件事故時の現在価額)となる。
〔計算式・四〇〇〇円×三六五×(三一・一八六六-四・三六四三=三九一六万〇五五八円〕
(四) 保育料 認容額一六六万二五四〇円 (請求額二四〇万〇八〇〇円)
原告の父母には原告の外に長男直樹(昭和五九年七月五日生まれ、以下「直樹」という。)及び二女めぐみ(昭和六一年三月二九日生まれ、以下「めぐみ」という。)の二人の子供がいること(<書証番号略>)、原告の父は東ソー株式会社に勤務しているとともに(法定代理人水野健三)、前記(三)(1) の認定のとおり、原告の父母ら近親者が交替で原告の付添看護をしていること、原告の父母は、同人らが原告の付添看護をするようになったため、昭和六二年一月から直樹及びめぐみを社会福祉法人華陽会新田乳児保育所へ預けざるを得なくなったこと(法定代理人水野健三、弁論の全趣旨)が認められる。
右認定事実によると、原告の両親らは、本件事故によって傷害を受けた原告に付添看護をするため、右事故当時乳児あるいは幼児であった直樹及びめぐみを常時面倒をみることが困難となったため、右両人を保育所に預けざるを得なくなったものと認めるのが相当である。もっとも、幼児の場合においても、満四歳になると、保育園あるいは幼稚園等に入園させることも一般に見受けられることからすると(弁論の全趣旨)、直樹については平成元年三月末日まで、めぐみについては平成二年三月末日までの保育料が本件事故と相当因果関係にある損害と認める。なお、前記認定のごとく職業付添人に付添看護を依頼したのは毎週土曜日の午前九時から月曜日の午前九時までであることからすると、右期間は原告の母において右直樹及びめぐみの面倒をみることができたということはできるが、右期間が土曜日から日曜日にかけてであること及び右期間を除いて保育所へ預けることは困難であることを併せ考えると、職業付添人に付添看護を依頼した右期間中の保育料を本件事故と因果関係にない損害として控除することは相当でないと認める。
そうすると、本件事故と相当因果関係にある保育料支払の損害は一六六万二五四〇円となる(<書証番号略>、なお、右証拠〔領収証〕記載金額は、直樹の平成元年四月一日から同二年三月末日の保育料が含まれることになるため、右期間においては記載金額の半額を損害と認める。)。
(五) 後遺障害による逸失利益
認容額一九三五万〇九九八円 (請求額三〇〇五万四〇五一円)
前記二1の認定事実及び弁論の全趣旨によると、原告は、昭和五七年一二月一七日生まれの健康な女子であったが、本件事故によって受傷し、労働能力を一〇〇パーセント喪失するに至ったこと、本件事故に遭遇しなければ、満一八歳から満六七歳までの四九年間稼働が可能であること、その間少なくとも昭和六一年賃金センサス第一巻第一表の一八ないし一九歳女子労働者の年収額一五九万三九〇〇円の収入を得ることができたことが認められる。そうすると、原告の得べかりし利益(本件事故時の現在価額)は一応二七六四万四二八三円となる。
〔計算式・一五九万三九〇〇円×(二八・三二四六-一〇・九八〇八)=二七六四万四二八三円〕
ところで、原告のような植物状態の患者の場合、通常の後遺症患者の場合と異なり、原告の将来の生活に必要な費用は専ら入院治療費、入院雑費及び付添費であって、通常の場合に必要とされる稼働能力の再生産に要する生活費の支出を免れること、前記のごとく将来の入院治療費等は控え目に認定していることを考慮すると、原告の逸失利益を算定するに当たっては三割の生活費を控除するのが相当であると認める。そうすると、逸失利益は一九三五万〇九九八円となる。
(六) 入院慰藉料及び後遺症慰藉料 認容額二〇〇〇万円 (請求額二六八〇万円)
前記二1の認定事実によると、原告は、本件事故により、植物状態となり、若干の回復が見られるものの、意識障害、四肢麻痺等の障害が残存するとともに、自発呼吸もなく、終生人工呼吸器を装着していなければならないこと、原告は、自力で食物を摂取することができないため、チューブによる人工栄養に頼らざるを得ないこと、水頭症防止のため、終生脳室から腹腔へのチューブを装着していなければならないこと、右のような状態であるため、原告は、本件事故日から将来にわたって入院を余儀なくされ、他人の付添看護がなければ生存することができないこと等諸般の事情を総合勘案すると、原告が本件事故により受けた精神的苦痛に対する入院慰藉料及び後遺症慰藉料を含めた慰藉料額は二〇〇〇万円が相当であると認める。
(七) 損害金の合計
以上によれば、原告が本件事故により被った損害は、右(一)ないし(六)で算出した損害金額の合計一億一八三一万七〇七〇円となる。
三 争点三(過失相殺)について
前記一1の認定事実によると、水野は原告の伯父であるところ、水野綿業の手伝いをする際、自分の子供とともに原告を一緒に連れていくことがあったこと(したがって、原告の父母も原告が水野と行動を共にすることを容認していたと推認することができる。)、水野は、本件事故時において、原告らが水野車から外へ出ることも予見できたにもかかわらず、単に外へ出ないようにとの注意をしただけで、ドアのロックをしないで車から離れたこと等の事情を勘案すると、原告側においても原告の監護が十分でなかった過失が認められ、本件事故における過失割合は、原告側三割、被告ら七割と認めるのが相当であるから、被告らが負担すべき損害金額は八二八二万一九四九円となる。
四 損害の填補
本件損害の填補として、対人賠償責任保険及び自動車損害賠償責任保険から原告に対し合計三四九一万五七五〇円が支払われたのであるから(争いがない。)、これを控除した未填補の損害額は四七九〇万六一九九円となる。
五 弁護士費用
本件資料によると、本件事故と相当因果関係にある弁護士費用相当の損害額は五〇〇万円と認めるのが相当である。
六 以上の次第で、原告の請求は、被告らに対し各自五二九〇万六一九九円及びこれに対する不法行為の日である昭和六一年一一月一五日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由がある。
なお、仮執行宣言は、右認容額中の将来の損害額を考慮し、右認容金額の五分の三の限度において付することとする。
(裁判長裁判官 松山恒昭 裁判官 内藤紘二 裁判官 橋本眞一)